5年ルールが10年に延長?〜海外移住による相続対策の注意点〜


一部の税理士や会計士、FP達の間で週刊ダイヤモンドの2016年10/8号の特集「国税は見ている 税務署は知っている」が話題となりました。近年の国税庁による対富裕層課税の内容が如実にまとめられていたためです。その中に目を引く一節がありました。
現在被相続人相続人ともに国外居住が5年間だった場合相続贈与の際には居住国の税率が適用されるという通称5年ルールがあるのですが、その期間が10年に延長される可能性があるというのです。
2016年10月21日付の日経新聞の記事「相続税逃れの海外移住に網 5年超す居住にも課税検討」でも「財務省は日本国籍を保有する人や10年以上海外に居住していない人には海外資産にも相続税をかける案などを検討する」といった方向性が伝えられています。

今回は週刊ダイヤモンドの記事を参考に、相続税贈与税対策としての富裕層の海外移住について見てみましょう。

海外移住で相続税が節税できる理由?

海外移住が富裕層にとって相続税や贈与税などの資産税の節税になる理由は、一部の国と日本の間の資産税の税率差です。日本では相続税・贈与税ともに累進税率による最高税率は55%であり、財産が多い人は相続の際にその半分以上を失ってしまうことになります。しかし例えばシンガポールなど、一部の国では相続税・贈与税ともに課税がありません。
そこで、そうした相続税や贈与税の課税が国に移住してしまえば、日本の税金から逃れて無税で財産を子孫に継承していくことができるのです。

税金対策としての海外移住に関しては完全に日本を捨ててしまう必要はありません。2016年現在の現行法では、被相続人と相続人ともに海外に住居を持ち、5年を超えて日本の非居住者となれば相続や贈与の際に、国内財産には日本の税制が適用されますが、海外財産には当該国の税制が適用されるのです。そのため、例えばシンガポールのような国に財産を伴って5年以上移住すれば、その段階で相続が発生した場合に相続税がかかりません。相続でなくとも生前贈与で大丈夫です。

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出典:No.4432 受贈者が外国に居住しているとき(国税庁)

ただし、日本に住所のない非居住者として認められるためには、1年のうち、その半分である183日以上、海外で暮らさなければなりません。なお、この183日ルールは形式基準ではないので、これさえ満たせばOKというものではなく居住の実態判断等と合わせて総合的に判断されます。

海外移住のリスク

上記のような方法で相続税や贈与税を回避することは可能ですが、この方法にはいくつかのデメリットやリスクがあります。

不慣れな土地での生活の辛さ

海外も旅行で行くのであれば良いのですが、移住して生活の拠点を移すとなると様々な苦労が出てきます。気候や風土、食べ物の違いもありますし、これまで慣れ親しんできた友人や親族、仕事仲間などの人間関係も疎遠になってしまいがちです。
相続税の節税のために、生活の満足度を下げることが本当に幸せに繋がるのかという問題があります。

5年ルールの延長

生活の辛さから、海外居住中の富裕層の中には5年間が過ぎて贈与などで財産を移してしまえる日を指折り数えている方も多いと言われています。しかし、冒頭にも記載した通り、この5年ルールは数年内に10年に延長されるかもしれません。
仮に今から移住を始めたとして5年近く経った段階で、ルールが10年以上に延長される可能性もあります。

消費税の引き上げなどで富裕層への課税を強化して緩衝材にしたいという政治的な思惑も見え隠れしますが、財務相や国税庁は特に富裕層からの課税に熱心なところがあり、不正行為を見逃さないようにするのはもちろん、法の抜け道もどんどんと潰されてきています。

事業コントロールの問題

また既に財産を築き、現役を引退した人であれば海外移住も悪くないかもしれませんが、現役の法人オーナーなどの場合、事業拠点が日本であれば生活拠点を海外に置くというのも難しいでしょう。

武富士事件の影響

なお、この5年ルールですが、以前はもっと”ゆるい”ルールでした。海外居住者の相続税や贈与税に関するルールは2000年3月までは、被相続人である譲渡者が日本の居住者であっても、相続人である譲受者が海外居住者であれば、国外財産は日本ではなく当該国の税が適用されていたのです。そのため、子供をしばらく海外に住まわせ財産を移す方法が実行に移されることが多くなり、2000年4月からは両者ともに5年以上海外居住を続けなければならなくなったのです。

この法改正の行われる直前に起きたのが武富士事件です。1999年11月、消費者金融最大手武富士の創業者は当時香港在住の長男へ約1600億円の財産(武富士株を保有するオランダ法人株など)を譲ります。この行為は法改正前であったため、当事者は日本の贈与税の適用外だという認識のもと行われたと思われます。しかし国税局は2005年3月、税務調査の結果この行為を贈与税の申告漏れと指摘し、無申告加算税・延滞税を含めて1600億円の追徴課税を行いました。
それに対して創業家側は一旦1600億円を納めたものの裁判に訴えます。

裁判の争点は、譲受者たる長男が本当に海外居住者だったと言えたのかどうかでした。結果は最高裁まで持ち越され、創業家側の勝訴に終わります。追徴課税は取り消され納付済みの1600億円に加え還付加算金400億円、合計2000億円が国税局から創業家に還付されました。
この判例での居住者判定は裁判所が一定の判断基準となる指針を示したとも言えますので、税金対策としての海外移住を検討する人には必須のチェック確認事項になります。詳細はまた別の記事で見ようと思います。

最高裁判決時、裁判長によって述べられた次のような補足意見はその後の国税のあり方に大きな影響を与えたと言われています。

「一般的な法感情の観点から結論を見る限りでは違和感を生じないわけではない。しかしそうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。納税は国民に義務を課するものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。

明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって、裁判所としては立法の域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。

結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれどもやむを得ないところである。」

最高裁としては心情的には国税側に立ちつつも、法の厳格適用を優先するべきという態度を示したと言えるでしょう。富裕層と国税当局のいたちごっこはどの国でもいつの時代でもなくならないでしょうが、この事件以降、国税局は税の抜け穴に関しては法改正を行い積極的に対応するようになったとも言われているのです。

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