広尾、松濤、南平台渋谷区の高級住宅地の成り立ち


千代田区の番町、世田谷区の成城、大田区の田園調布など、都内には様々な昔ながらの高級住宅街が存在します。
またその他にも、豊洲など近年マンション開発が進み、多くの人が住みだすようになったエリアもあります。町ごとにその成り立ちと特性があるので、自分が住む地域のいきさつを知っておくことは趣を感じる参考になるでしょう。

今回は渋谷区の高級住宅街についてのまとめをお届けします。

渋谷区の成り立ち

もともと渋谷の地域の歴史が古く、人が移り住んだのは鎌倉時代にまで遡るようです。当時は現在の神奈川県鎌倉市に幕府が置かれ、京都など中央の存在も大きいものの、関東の豪族達の力が増してきていたタイミングでした。そうした中でまず現在の世田谷区を含む武蔵国が発展し、隣接する渋谷近辺にも人が移り住んできたようです。
ただ現代に続く発展の基礎は江戸時代にあると言えるでしょう。
江戸時代、渋谷区のうち下渋谷や原宿は江戸御府内に属し、幕府に使える旗本屋敷などが立ち並ぶようになります。また現在の松濤近辺には御三家の一画、紀州徳川家などの大大名の大名屋敷も存在し、そうしたエリアが明治維新以降高級住宅地などの形で開発されていきました。

渋谷駅といえば日本でも有数のターミナル駅であり繁華街ですが、繁華街としての渋谷駅周辺発展の歴史は浅く、1964年の東京オリンピックの前後からになります。1950年代後半ごろから徐々に高層ビルなどの建設が進み、オフィス街としての機能を持つようになりました。
その後、60年代から70年代にかけて東武、西武、東急などの百貨店が相次いて開業し、その後大小様々な飲食店や服飾店などの開業が相次いだことで1970年代には若者の町として定着するようになったのです。

渋谷区の高級住宅街

渋谷区内の高級住宅街である広尾、松濤、南平台、代々木上原などを紹介します。

広尾


広尾は渋谷区の南東部に位置しており、西は渋谷区東、南は渋谷川を境界として恵比寿、東は港区南麻布、北は港区西麻布および南青山と接しています。基本的に高級住宅街の多いエリアと言えるでしょう。
渋谷区の広尾、特に広尾2丁目から4丁目界隈は都内でも有数の高級住宅地です。広尾駅前は賑やかな商店街なのでともすると下町に近い印象を受けるかもしれません。また幹線道路沿いにはオフィスビルなども多く、天現寺交差点付近には、在日アメリカ海軍の施設も存在します。しかし少し丘を上ると豪邸が多く、高級住宅街としての佇まいを有しています。

街としての広尾の特徴は、高級住宅地であることのほかに外国人(の中でも比較的富裕層)に人気があることでしょう。広尾がこのような街になった背景には、広尾の歴史が大きくかかわっています。

もともと広尾は、江戸時代前には広大は樋籠(ひろう)と記される広大な原野でした。しかし江戸時代開発が進み、江戸城の西の外れとして、大名屋敷や旗本の屋敷が建ち並ぶ武家屋敷街となります。そして江戸時代末期に、アメリカ公使館が元麻布善福寺に設置されたのをきっかけに、明治維新以降は各国の公館が設置され、さらに武家屋敷は皇族や華族、また維新志士ら有力者の屋敷となっていきました。
こうしたことが現在の外国人人気や、高級住宅街へと繋がっていったのです。

松濤


松濤も都内を代表する高級住宅地の1つです。最近では楽天創業者の三木谷氏が自宅を構えたことでも知られます。渋谷区の南西部に位置し、町域内の多くは住宅地として利用されています。ニュージーランドを始めとして6つの国の公館があり、美術館や演劇場も多く、高級住宅地としての趣を有しています。

ただ松濤の高級住宅地としての歴史は実はそれほど古くはありません。元々江戸時代には御三家の一角、紀州徳川家の下屋敷があったため、由緒正しい土地柄ではあります。しかし明治9年には薩摩長州などの維新勢力に協力した旧佐賀藩主の鍋島家にこの一帯は譲渡されました。鍋島家はこの土地に狭山茶を移植し、「松濤園」という茶園を開いたのです(これが松濤という地名の由来です)。

しかし茶園経営はあまり上手くいかず、その後果樹園を経て関東大震災を契機に住宅地として分譲が始まります。その後今のような高級住宅街へとなっていきました。

南平台


南平台は渋谷の南西に位置する高台の住宅地で、広尾や松濤ほど有名ではないものの、渋谷駅から近く気候条件も良いため大きな敷地を持つ邸宅が並ぶ落ち着いた雰囲気の高級住宅地です。
代官山へも近く、旧山手通り沿いには「代官山T-SITE」などお洒落なショッピングモールや個人店も多いため、上品で優雅な街並みです。

また他の渋谷区の高級住宅地と同様、南平台エリアにもマレーシア大使館やアラブ首長国連邦大使館諸外国の公館が多数存在しています。その他にカトリック渋谷教会や日本キリスト教団聖ヶ丘教会など伝統あるキリスト教系の宗教施設も多ため国際色豊かで格調高い街並みを生み出していると言えるでしょう。

元々南平台の近辺エリアは、江戸時代には武家屋敷街と田畑が広がるような比較的のどかなエリアでした。しかし明治以降東京の人口が増える中で、南向きの高台で眺望が良かった南平台は住宅地として注目が集まっていきます。
そして高級住宅として発展していく中で、多くの政財界の要人が移り住み、その中には安倍首相の祖父、岸信介元首相や三木武夫元首相なども移り住んできました。

現在でもビジネス街である渋谷へのアクセスや、変わらず住みやすい気候などから人気の高い高級住宅地です。

【関連記事】
ミシュランガイド東京2017掲載の5パビリオンホテル
ミシュランガイド東京2017年掲載三つ星店のご紹介
【2016年版】都内主要地域の路線価(北部編)
【2016年版】都内主要地域の路線価(南部編)
上昇する地価と減少する取引量には注意が必要?2016年第4半期不動産指数
上昇する商業地と下げ止まる住宅地、2017年公示地価発表


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。* が付いている欄は必須項目です。
※運営者にのみメッセージを送りたい場合は、「管理者だけに表示」にチェックを入れてください。