著名人も絶賛、話題の人気書籍「サピエンス全史」(下巻)


話題の人気書籍「サピエンス全史」ですが、上巻で出てきた認知革命=人類は虚構を認知し信じられるようになったからここまで発展したという部分が特にクローズアップされて伝わっています。
しかしこの本の魅力はそこだけではありません。前回の記事でもお届けしたように上巻だけでも人類の歴史に階層構造を生じさせた農業革命のインパクトについてなど、知的好奇心をくすぐられる内容に溢れています。

そして今回お届けする「サピエンス全史」(下巻)にも、どうして人類はここ数百年急速に科学を発展させることができたのか、また今後の人類はどこへ進んでいくのかという面白いテーマの内容が書かれているのです。

著名人も絶賛、話題の人気書籍「サピエンス全史」(上巻)

科学はどうして発展したのか?

科学は近代(500年前頃)に入って急速な発展をしましたが、あまりその事へ違和感を感じている人はいません。確かに科学やテクノロジーは過去の蓄積の上に発展していくので、歴史が進めば進むほど発展しやすいい性質があります。しかしサピエンス全史で著者のユヴァル氏が述べているように、決して科学やテクノロジーの発展は人類史にとって当たり前のことではありませんでした。

むしろ近代直前には後退さえしていて、紀元前後のギリシャ・ローマ時代に比較して中世ヨーロッパでは科学や技術は劣化していたとも言われています。
また古代のローマ帝国やイスラム圏の科学的な考察力は非常に高く、逆にどうしてこれらの地域で後の人類が経験したような科学的な発展が起こらなかったのかも大きな疑問となるのです。

無知を自覚したことが重要

ユヴァル氏はこのテーマに関して幾つかの回答を用意しました。その1つが人類(当時のヨーロッパ人)はルネッサンスを境に無知を自覚するようになったからというものです。それまでの人類の社会では、基本手に「知らないこと」という概念は希薄でした。世界は神が生み出し形作ったものであり、そうした世界の成り立ちは伝承や古典、あるいは年配者に残る口伝の形で今に伝わっており、自分の知らないことはあっても「誰もが知らないこと」はないという認識だったのです。

しかし近代科学者は異なります。世界は「自分たち」がまだ知らないことで溢れているということを認め、それを解き明かしていこうという動機を産んで行ったのです。
こうした哲学的な変化が新たな探求を呼び起こし、科学の発展に貢献していきました。

資本主義が加速させた科学の発展

またユヴァル氏が唱える説でもう1つ大きなポイントは、近代科学が発展を遂げ始めた500年前のヨーロッパでは資本主義が萌芽し始めた時期と重なるのです。
資本主義にはその定義の仕方も何パターンもありますし、その重要な側面は何かという点も学者によってまちまちです。しかし確かに注目すべき事柄として、当時のヨーロッパでは近代的な銀行(金融)制度が発達しだし、信用(クレジット)の概念が一般化しはじめました。

信用(クレジット)とは端的に言えば銀行などの特殊な金融機関から融資を受けることなのですが、このことは個人間の金銭の貸し借りとは大きな違いを生みます。ある人(A)がベーカリーを建てようと知り合い(B)から金貨100枚を借りた場合、Aは金貨100枚を使えますが貸している間Bはその金貨を使えません。
しかしAが銀行から金貨100枚を借りた場合、それを持ち出したりはせずに銀行に預金として預けたままにします。そしてその金貨を使うときも金貨をおろしたりせず手形の形で使います。そしてAと商取引を行い金貨を受け取った人物も、その金貨は銀行に預けます。
この間銀行はAに元あった金貨100枚を貸していますが預金として金貨100枚を預けられているので、「その金貨をさらに別の誰かに貸し出すことが可能」であり、こうして貸出を通して世の中に出回る信用が増加していくことを「信用創造」と言います。
(この仕組みは金貨や金本位制が失われた現代でも生きており、銀行の貸出の増加は信用創造=マネーサプライの増加につながります。そのため、ほぼ全ての国で銀行は一定の範囲でしか貸出が行えないよう各種規制が設けられています。)

こうした信用創造の仕組みは古代からあったようなのですが経済の中で主役に躍り出るようになったのは近代資本主義の萌芽があった数百年前のヨーロッパとなるのです。

信用の創造が可能となるまで、人類は経済的には限られたパイを分け合うしかなく、そのために金儲けは悪とされてきました。しかし信用の増加が可能になったため金儲けを通して信用と経済を拡大させパイ自体を大きくすることが可能になったのです。
そして科学や技術の発展のためには、実験や研究のために時間も人材も資源も必要ですが、そうしたものを用意するだけの資金を融資してもらうための当てがこうした金融システムの発展の中でつくようになっていったのです。

人類は幸せになったのか?

上述のような科学革命を成し遂げ大きく経済を発展させた人類ですが、本当に幸せになったのかというと疑問符がつくかもしれません。

暮らしは豊かになったけど?

ユヴァル氏が農業革命の説明の中で、農業革命によって人類社会は発展したが個人の生活はむしろ不幸になったと説明しました。同じようなことが科学革命の結果起きていないとも限りません。
実際にユヴァル氏も幾つか例を出していますが、科学と経済の発展の結果で人類は物質的には豊かになりましたが、家族やコミュニティーのつながりが希薄になりました。近代(科学革命)以前であれば家族や地域のコミュニティーが生存の基盤でもありましたが、現代の生存基盤は法人という一種の”虚構”です。確かに人の脳は虚構を信じられるように進化したのですが、何から幸福感を感じるかという点で言えば、よりリアルなものの方に喜びを感じる場合が多いと思われます。そうするともしかしたら我々が手に入れた物質的な繁栄は家族やコミュニティーの崩壊によって相殺されているのかもしれません。

またそもそも現代の科学は人の心の動きを脳内の化学物質の反応で説明しつつあります。しかし、もし本当に人間の幸福は脳内物質の問題だけだとすると、モノが溢れていようがいまいが幸福を感じるかどうかとは本質的に関係がなくなります。”500年前に肉のスープや藁のベッドという贅沢”で当時の人が感じた感動と、現代人が高級レストランのディナーや高級ホテルでの宿泊に感じる感動は、どちらが勝っているかは判定がつきません。

資本主義の生み出す地獄

また経済や金融制度の発展は必ずしもポジティブな面だけではありません。信用を得て投資を行い事業や商売を行うのであれば、必ず儲けを出さねばならぬとプレッシャーもかかります(元本に加えて利子も返さねばなりません)。
そうした行き過ぎた発展の熱が奴隷貿易や植民地獲得競争、南北アメリカやオーストラリアにおける原住民の虐殺、二度の世界大戦という巨大な悲劇も引き起こしました、

幸いここ数十年では人類の歴史は安定していますが、長い人類史で見ればこれは一時の安らぎに過ぎない可能性もあります。

超人が生まれる可能性

また科学の発展は人類史に新しい可能性を設けました。サピエンス全史の上巻冒頭にて人類史はまずは生物学として始まり、認知革命以降歴史学へと変わっていったと述べています。しかし近代科学の発展はゲノム編集など高度な遺伝子組み換え技術を生み出し、その結果人類を生物的に作り変えることも可能になりつつあります。
実際に2015年、中国にて(母体へは戻していないものの)人受精卵への史上初のゲノム編集が行われたという発表が世界に衝撃を与えました。

我々サピエンスがネアンデルタール人などを滅ぼしていったように、いつか人間の手によって生まれる新人類に追われる可能性がSF小説や映画の世界だけではなく、現実のものとなるかもしれないのです。


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