小布施町に学ぶ観光地の不動産のあり方


今は不動産投資への関心が高まっていますが、既に都心にある不動産は値上がりが著しく、インバウンドも当て込んで地方の観光地の不動産を狙ったほうが良いという見方もあります。その点長野県上高井群にある小布施町という観光地はとても参考になるでしょう。

小布施町は人口約1万人、面積約19㎢と決して広くもなければ大きく無いですが、県外からも多くの観光客が訪れる長野県内有数の観光地です。なお、東京からのアクセスは新幹線・電車であれば合わせて約2時間半、車の場合高速で3時間弱といったところであり、東京からアクセスの良い観光地と言えるでしょう。
この小布施町は立地にも恵まれていますが、その点を考慮したとしても観光地として成功している地域です。なぜ小布施が観光地として成功しているのか、その秘密に迫ってみましょう。

04 東京から電車で小布施

観光地としての小布施町

小布施町は長野県内の主要な観光地ですが、日本の観光地として有名な熱海や湯布院、草津のような温泉地ではありませんし、歴史的な有名な史跡があるわけでもありません(※有名な温泉や史跡があるわけではありませんが、非常に質の良い温泉や観光資源となる史跡はあります)。
ただ幕末の頃に、当時の豪商である高井鴻山が葛飾北斎や佐久間象山、小林一茶ら当代一流の文化人をこの小布施に招いて交流していたことから、文化人のリゾート地的な発展を遂げてきました。そしてこうした歴史的な背景もあって、葛飾北斎に関連する「北斎館」を始め、町内には12の美術館・博物館が存在する芸術の町でもあります。

04 寺

早期に観光地としての魅力づくりを開始

ただ小布施町の魅力は上記のような歴史的な背景や、現代に残る文化的遺産だけではありません。観光地として成功しているだけの努力があり、その1つが1987年の時点から行政と民間が一体になって行った「街並み修景事業」です。小布施町は観光の他にお菓子づくりが有名なエリアでもあるのですが、町内に分散していた老舗お菓子やの店舗を集約し、観光客が散策しやすいように開発を行いました。
現在でいうスマートシティーの構想を先取りしており、同様の例は伊勢神宮で有名な伊勢のおかげ横丁にも通じるものがあるかもしれません。

04 菓子

セーラ・カミングスさんの功績

また、他の地域の開発や観光関連お不動産投資でも大いに学ぶべき点と言われているのが、セーラ・カミングスさんの存在と功績です。
小布施の観光地としての起こりとして、文化人らの交流リゾートがあったというのは先にお伝えしましたが、現在の小布施の魅力も町の文化的遺産と、ただの観光だけでは無い交流にあり、それらを実現させる催しや企画を実行し根付かせたのが、セーラ・カミングスさんという米国人女性なのです。

セーラさんは1991年に留学生として来日し、日本旅行をする中で小布施に出会いその魅力に惹かれて日本に移住された方です。1994年から小布施に居住を始め、お菓子屋の小布施堂に就職しました。小布施堂の市村次夫社長は、地元で他に酒蔵(桝一市村酒造場)も経営する観光関連の名士なのですが、その市村氏の元セーラさんは1998年にこれまでイタリアで開催されていた国際北斎会議を誘致したり国際的な知名度を高めたり、桝一市村酒造場をなんと居酒屋として改造し売り出しに成功させるという活躍をします。

日本の地方の観光地には飲食店、特に夜にお酒を飲めるお店が不足していると言われており、その点に気付いての企画でした。そのためセーラさんはこの居酒屋をただご飯とお酒が美味しいだけでは終わらせず、文化人を招待して地元の人と観光客が混ざって酒食を楽しみながら芸術・文化を語り合う小布施ッションというイベントも開催しています。

セーラさんは2014年に小布施堂等を退職され、現在は自ら(株)文化事業部という会社を立ち上げ長野県長野市若穂へ活動の拠点を移していますが、今のその精神は小布施に宿っているのです。
こうしたただの観光だけでは無い、現地での体験や交流を重視するような観光地のあり方は、多くの人のヒントになるでしょう。また観光地への不動産投資のさんこうにもなるかと思います。


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