富裕層の海外資産課税、CRSで各国の課税当局が連携の流れ


経済のグローバル化とともに、法人だけでなく「個人」でも自国以外での経済活動や資金移動は世界中で活性化しています。そのこと自体に関しては、投資や経済活動の促進などプラスの面も大きいのですが、各国の課税当局はその動向把握と適切な課税に注力しています。
特に富裕層の海外所得や資産の申告漏れ、もしくは意図的な租税回避さらには隠匿と脱税が世界的に大きな問題となっています。

こうした状況に対して、各国の課税当局は連携して情報を共有し、富裕層の海外資産等の補足を行い、課税を実現する体制を整えてきました。その1つがCRS(共通報告基準:Common Reporting Standard)などの国際的な基準の整備です。
ここでは、こうした課税当局による取り組みなどについて見ていきましょう。

国際的な海外資産・所得への課税意識の高まり

まず、富裕層の海外資産などへの課税意識が高まった背景から見ていきましょう。

日本国内の事情で言えば、一番は、2019年10月からの消費税の増税を広く国民にも理解してもらうためと言えます。端的にいうと、「富裕層の課税も強化するから、溜飲を下げてね」という側面はあると思います。
近年の課税トレンドでは、多くの国が企業の誘致と競争力強化のために法人税減税を行い日本もその流れに追随せざるを得ない中、減収分を補うための消費税増税に力を入れています。生産拠点と産業の流出を防ぐためにも、日本でもこの流れは止まらないでしょう。

(2008年にはドイツが法人税を39%から29%へ、英国が30%から28%に、そして2018年にはアメリカが連邦法人税率を35%から21%に引き下げています。日本nの大企業の法人実効税率も約30%まで引き下げられています。)

また、近年は多国籍企業によるBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)が世界的な問題となっており、この事への批判の声が高まっていることも大きな要因です。
近年多国籍企業はグローバルなビジネスモデルよって生じた活動実態と、各国の税制や国際課税ルールとの間のずれを利用し、その課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行っているとされています。

例えばグーグル(現アルファベット)の「ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチ」と呼ばれるスキームは代表的な例でしょう。グーグルは海外事業を展開するにあたって、アイルランド(アイリッシュ)やオランダ(ダッチ)といった税金優遇がある国にある法人を知財管理として噛ませることで、多額な法人税の節税を行ってきました。同じようなスキームは他の大手IT企業でも行われていますし、IT以外の業種でも行われています。

また、日本に限らず世界的に、パナマ文章の事件に代表されるような、富裕層の海外所得・資産に関する脱税や租税回避への非難の高まりも日々大きくなってきています。
パナマ文章とは、タックスヘイブンとして有名な中米パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から2015年に流出した内部文章ですが、世界的な話題となりました。
内容は1977年から2015年にかけて、同事務所が手掛けた24万社のオフショア企業づくりに関する1150万点にも上る電子メールや文章のデータあり、現職や元職の元首や首相の名も列挙されていたため、合法非合法問わずそうした立場にある人との節税や租税回避行為への批判が高まりました。
それに、賄賂などによって得た不透明な資金の資金洗浄に関する指南文書などもその中に含まれており、大きく問題視されています。

こうした背景のもと、富裕層の課外資産などへの監視の目が高まってきているのです。

CRS(共通報告基準)とは

上記のような背景のもと、各国の課税当局は連携しお互いに情報交換をすることで富裕層の課税逃れを防止することに取り組んできています。
そして、その最も代表的なものが、CRS=共通報告基準です。

CRSとは2018年に始まった制度で、国際的な課税逃れを防ぐため、世界各国に非居住者の金融機関情報を各国税務当局間で自動交換される仕組みです。
もともと、租税条約に基づく情報交換制度には、①要請に基づく情報交換 ②自動的情報交換 ③自発的情報提供の3つがありますが、CRSは②に位置されます。

現在、100を超える国と地域がこのCRSに参加しており、日本も2015年の税制改正から国内金融機関がこの規格に沿って、在留外国人居住者の情報を課税当局に報告する事を義務化、現在は運用も始まっています。

余談になりますが、こうした制度ができる以前(特に2000年頃)は、中国や韓国を咬ました所得隠しなどは見過ごされがちでした。
例えばそうした国にある企業から架空仕入れと思わしき取引をしている企業があって、その国の税務当局に調査を依頼したとしても、向こうの国から「”こちらが見落としていた”自国企業の売り上げを教えてくれて”ありがとう”」という連絡が来るだけで終わる場合も多かったためだそうです。
(日本企業の架空仕入れではなく、企業の海外での売上の未申告だと、その国の税収になります。)

このCRSによって情報の収集力が上がっているため、以前は行えなかったような数千万円レベルの口座情報なども、補足できるようになってきているのです。

米国は独自基準のFATCAを採用

なお、CRSは世界的な基準としてスタートを切りましたが、米国は参加していません。
代わりに、FATCAという独自制度を運用しており、この制度によって米国内でビジネスをする金融機関は、保有する米国人の口座情報などをIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に報告しなければなりません。

2008年にスイスのUBSが米国人富裕層に脱税幇助をしたとして、米国とスイスの外交問題に発展した事があったのですが、それを機会にこの制度が作られました。
本件では、UBSは数千億円の賠償金を支払い、スイス政府を通して米国へ顧客情報を提供することで合意、また米国内では一定期間内に自主申告するなら罰則を軽くするとしたところ、約15,000人が自主申告を行って話題となって、米国民の脱税する富裕層への怒りの声を受けてFATCAは誕生しました。

同制度とCSRの両立は可能ではないかとも思われますが、米銀の守秘義務を定めた国内法があるからと、オバマ大統領がCRSに不参加を決めたのです。

海外では情報への”懸賞金”的な動きも

なお、海外金融機関では、職員が不正な所得・資産隠しをしている富裕層の情報を職員が”勝手に”課税当局に売却するような例も出始めています。
先ほどのUBSの件では、富裕層の脱税幇助に携わっていた事を内部告発した職員は、脱税幇助の罪で3年の懲役に課せられました。しかし、情報提供料として約80億円の報奨金を受け取ったとされています。

税務当局が内務告発者から情報を高額で購入することは、欧米の課税当局では最近流行っており、告発者は脱税幇助罪の他、情報漏洩罪などにも問われ実刑判決に処せられる事もあります。
しかし、その代わりに数億円から数十億円の見返りを得ています。個別の価値観で分かれるでしょうが、前科と数年の懲役を引き換えに数億〜数十億の見返りを得られるのであれば、悪く無いと思う人は一定数存在するので、こうした事は今度も続く可能性が高いでしょう。

CRSの実際の税務調査への活用

CRSは既に実際の税務調査でも活用が始まっており、2018年9月に実際に東京国税局によって同制度を活用しての相続税の申告漏れ指摘事案が報道されています。

海外口座情報が効果発揮、相続税申告漏れを指摘も (日経新聞)

この報道は、富裕層に対してプレッシャーをかけるとともに、自主申告を促す事がその目的として、国税局から新聞社へリークされた情報と言われております。
報道にある通り、現時点で欧州から20万2455件、アジア・オセアニアから20万660件、北米・中南米から4万1915件、中東・アフリカから1万5675件の情報入手が行われています。
「海外にある資産までは税務署も分からないだろう」と思っている人は多いかもしれませんが、安易にそう考えるのは危ないでしょう。また、適正に申告をしている人にとっては、きちんと海外資産も補足をされる方が無申告者が得をするということもなくなり課税の公平性も保たれると言えるでしょう。

今後もこのような事は増える可能性が高く、安易な脱税をしてはいけないのはもちろんのこと、海外からの利子や配当所得、新規の海外取引、海外資産に掛かる法人・個人所得や相続税などの申告漏れには気をつけた方が良いでしょう。


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。* が付いている欄は必須項目です。
※運営者にのみメッセージを送りたい場合は、「管理者だけに表示」にチェックを入れてください。