世田谷区の成り立ち

せっかくですので、ここで住民の方にとっては馴染み深い世田谷区の成り立ちを振り返ってみましょう。
世田谷区は面積が約58㎢(23区中第2位)、人口は約92万人(23区中第1位)と23区内の中では特に大きな地域になります。そのため、一口に世田谷と言ってもその中の地域によって成り立ちや町の雰囲気なども異なりますが、まずは世田谷区の全景を捉えてみようと思います。

世田谷区の地理的な成り立ち

東京が日本の首都になったのは、戦国時代末期に関ヶ原の戦いに勝利し、天下を取った徳川家康が江戸に幕府を開いたことに端を発しています。明治維新の際に京都への遷都論もありましたが、明治以降も江戸が東京都名を改め日本の首都として歴史を積み重ねてしました。
しかし、実は現在の東京のうち多くの地域は江戸時代から東京=江戸だったわけではありません。それ以前は別の国(藩)だった地域が、明治以降の廃藩置県や自治体の統廃合の中で東京に吸収される形で現在のような姿になったのです。
世田谷区もそうした地域の1つであり、もともとは武蔵国という地域の一地方でした。大正時代までその状態は続いており、昭和の時代になって荏原郡や北多摩郡から旧東京市に編入されてから世田谷も東京区部の扱いになったのです。

また世田谷区は中央区や千代田区のように江戸時代から首都として都市化が進んでいた地域ではなかったため、以前は広大な農地でした。
そのため地域には広い土地を持つ地主の方が多いのですが、代々続いていた農家の家系という場合が多いです。また、道路網が狭隘で非常に入り組み交通網が十分に発達しているとは言えない地域もあるのですが、農地から宅地を造る際、農道を基礎としたためと言われています。

メインは5つの地域

世田谷区は行政上5つの地域に分けられています。

世田谷地域

世田谷区役所を中心としたエリアで、三軒茶屋など国道246号線や世田谷通り沿いのエリアや、東急世田谷線沿線など商店街的な色彩の強い地域です。

北沢地域

赤堤、梅丘、大原、北沢、豪徳寺など世田谷区の北東側のエリアです。下北沢駅周辺を除けば、静かな住宅街と言えるでしょう。

玉川地域

深沢、玉川田園調布、尾山台、等々力、上野毛、玉川等の地域で東急田園都市線の二子玉川駅近辺のエリアになります。国道246号線や環状八号線など幹線道路の周辺は賑やかですが、そこからから街区1つ入ると閑静な住宅地が広がっています。
二子玉川は近年開発が著しく、楽天の入居なども話題になっていますが、そうした発展著しいエリアの他に、等々力渓谷など自然豊かなエリアもあって住みやすい地域と言えるでしょう。

砧地域

鎌田、砧、砧公園、成城、祖師谷、千歳台、船橋などの世田谷区の西側の地域を砧地域といいます。
全体的に砧公園や多摩川河川敷をはじめとした多くの公園が存在して自然豊かであり、一部では野菜などの生産農地も残っています。また地形の起伏が激しい場所が多いため、そうしたことも緑が残っている一因になっており、例えば国分寺崖線には多くの緑が残っています。

烏山地域

粕谷、上北沢、上祖師谷、北烏山、給田 、八幡山、南烏山など区の北部に位置する地域が烏山地域となります。商業地と住宅地が半々の賑やかなエリアと言えるでしょう。
また烏山周辺などは武蔵野の面影を残しており、一部では寺町も形成されています。

やや保守的な土地柄?

世田谷区の特徴を述べますと、「裕福なのだけれどもやや保守的な土地柄」と言えるかもしれません。世田谷区居住者の平均年収は23区中7位(506万円)と高く、いわゆる「住んでいる人の層が良い」地域になります。しかし隣接しているIT企業の集積地として様々な新サービスを世に生み出している渋谷区や、独特の技術を有した中小企業が多く特に製造面におけるイノベーション有名な大田区などに比べて、何か目新しい産業があるわけではありません。
ショッピングエリアも近年は二子玉川の開発などが進んでいますが、区外から訪れる人が多いエリアは、下北沢や三軒茶屋などの例外を除きそれほど多くはないと言えるでしょう。

また世田谷区の特徴として、女性の就業率が低く専業主婦文化が盛んな地域であるというのもあげられます。特に子育て期間の女性就業率は低く、女性の就業率においてはよくM字カーブ(20代の女性の就業率が最も高く、その後結婚出産を機にそれが低下し、40代〜50代にかけて再び就業率が上昇する傾向)が話題になりますが、世田谷区はそのM字の落ち込みが18ポイントと23区平均の14%を大きく上回っているのです。

世田谷区内には国民的アニメサザエさんの磯野一家が暮らす町のモデルとなった桜新町がありますが、あのような専業主婦家庭の憧れの地としてのブランドを有し、実際にそうした家族形態の方が好んで居住するのが世田谷区の特徴といえるのです。